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日々、出会う言葉や印象に残った思いを日記に託しました

いっしょに言葉の意味について考えましょう!


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2010年7月19日(月)
主観と客観
主観とは、自分ひとりだけの考えであり、客観とは多くの人が持つ一般的ないし普遍的な考えである。 人には、この二つのバランス感覚が大事である。主観ばかりに偏っていると論理性をも失い、感覚的、感情的に物事をとらえるようになってしまう。一方、客観ばかりだと主体性、自立性が乏しくなってくる。常に物事の判断をこの二つの視点から相互に検証し合うこと大切だ。
2010年6月27日(日)
問題
問題とは、あるべき姿である理想や基準と現状とのギャップである。したがって理想や基準を持たない人に明確な問題意識はない。逆に意識の高い人は、さらに高い理想や基準を掲げ、常にギャップ(課題)を創りながら問題解決に取り組んでいく。次代リーダーとは文字通り、理想や基準に向けて組織を導く人である。
2010年6月14日(月)
目的と手段
よく目的を考えて行動せよと言う。つまり目的を理解せずに仕事をしていることが意外と多い。また、仕事は体系的にとらえる必要がある。今、自分がやっている仕事の位置づけである。前後の工程、選択肢としての横の広がり。さらに手段の目的化、つまり会議という手段が目的化することである、会議を通じて何を解決するのか?いつの間にか、会議をすることが目的となってしまう。最後に目的にはさらに上位の目的がある。それが判明した時、以前の目的は手段へと変わる。たわいもないこの目的、そして手段。明確にとらえていくことで様々な論理展開が出来そうだ。
2010年6月6日(日)
具現
具現とは、「実際の形やものとして現す、具体的に現すこと」である。企業に経営理念や行動規範、方針などがあるが、多くがスローガン倒れになっている。たとえ倒れてなくてもスローガンというのは、あくまで主張や目標を印象付けるための標語にすぎない。物事を動かしていくためには具現化し、これらを誰が(主体)と何を(対象)いつまでに(期限)どこまでやるか(目標)を具現化することが不可欠だ。テーマ→具現化→実行こそが確実な成果とその後の有効な改善に導くことであろう。
2010年4月27日(火)
感動

景気が回復しても価値の無い企業や商品は淘汰される。ところで世の中に「大差ない商品」を取り扱っているところは多いもの。例えばガソリンやタクシー、ファーストフードなどである。ならば+αのサービスでと言いたいところだが、残念ながら最近、ホテルやレストランなどでもウェイターやウィトレスの接客マナーはひどいものだ。確かに教育に力を入れる余裕がないのも理解できないことでもない。しかしながら顧客はもう「そこそこ、それなり」のものには飽き飽きしているのだ。期待にそった商品やサービスは満足を与えよう。しかしながら期待をはるか超えるものに人は感動し、結果としてリピートや紹介へと結びついていくものだ。所謂、顧客創造である。どこにでもあるものをここにしかないサービスで提供する。それがまさに差別化であり、勝ち残り企業の条件と言えよう。

2010年3月28日(日)
価値観
価値観とは、何が大事で何が大事でないかという判断、ものごとの優先順位づけ、ものごとの重み付けの体系である。最近、この食い違いが企業におけるコミュニケーションギャップの元凶になっている。ある事象に対してAさんは○○と判断し、Bさんは△△と判断してしまう。この価値判断の違いは、個々人の価値観によるものである。床が汚れていることに対して問題と思う人、思わない人。すぐに掃除しないといけないと思う人、後でやればいいと思う人。企業における物づくり、サービスの品質はこの価値観の違いによって大きなバラツキをもたらす。個々人の価値観を企業の価値観として統一し、徹底できなければ企業そのものの価値が問われてしまうだろう。
2010年3月7日(日)
断言
断言とは、はっきりと言い切ること。明言すること。これは話す人の説得力に大きく関り、聴く相手の納得度、安心感につながるものである。先日、認知症の母が足を悪くして入院した。その際、担当の看護士が言うには、完全看護ではあるが、出来れば家族の付き添いをお願いしたいということだった。ハッキリ言ってみんな仕事を抱えて看護、介護は大変である。それよりもその看護婦の後繰り返して使われる言葉、○○と思います。たぶん、といった曖昧な言葉には不安を通り越して不信感を覚えてしまいました。結局、付き添いは、家族のローテーションと自費でヘルパーを雇うことになりました。断言できないというのは結局は自信の無さであり、言い逃れできる余地をつくっておくこと、つまりは責任回避の手段だと私は思う
2010年2月19日(金)
踊り場
踊り場とは辞書によると、階段の途中に方向転換、休息のために設けた広く平らな場所のこと。企業の成長段階もこれと同様のことが言える。売上が勢いよく伸びている様は2通り考えられる。一つは膨張、ただ体(売上規模)が大きくなっているだけ。もう一つは成長。売上と共に人が育ち、仕組みが整っている様である。しかしながら売上が伸びている時はとかくゆっくりと人材育成を考えている暇がないもの。それだけに売上が小休止する時がある方が踊り場として活かせる。それは次の成長段階へ向けた施策、即ち人づくり仕組みづくりができるということだ。
2010年2月5日(金)
重箱の隅
重箱の隅をほじくるという言葉がある。細かいことまで取り上げてうるさく言うことのたとえである。しかしながら、会社実務に限ってい言えば、これはきめ細かいことを言われる側に問題があることが多い。つまり細かく言われるのはそれだけ貴方が成長していないからと自責的に受け止め、努力することが何より重要ということである。多くの上司は、できることなら任せてしまいたいはず。なぜ任せられないのか、なぜ細かいことまで言わなければいけないのか?指摘される側の「報告がない、あるいは遅い」、「積極的に理解しようとしない」、「納得していないのに表向き了承する」、「やる気、責任感、主体性が感じられない」といった印象によるところが大きい。せめて今日からは○○は言わせないようにしよう!そういった前向きな自己啓発に期待したい。
2010年1月30日(土)
具体化
辞書には「具体化とは、はっきりとした形や内容を備えてくること。実体を備えてくること」とある。世の中には実に曖昧なことが多い。国民性や人の性格によってもそれは異なる。特に日本人は曖昧さを美徳としている点がある。今回の失敗は誰のせいか?という時にうやむやにしてはっきりさせないことが多い。時に○○部門などセクションの責任で個人責任を避けることもある。これは計画策定やスケジュール設定時においてもでもそうだ。担当に部門が入っている。これでは誰も主体的には進めないはずだ。誰かがやるであろうである。やはり、5W3H(※1)!で具体化してこそ真の反省もなされるし、はっきりとして道筋がみえる。

※1.5W3H(WHEN・・・いつ、WHO・・・誰が、WHERE・・・どこで、WHAT・・・何を、WHY・・・なぜ、HOW・・・どのようにして、HOW MUCH・・・いくらで、HOW MANY・・・いくつ)

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http://kotobatodeai.at.webry.info/ 言葉と出会い
2010年1月21日(木)
必然と偶然
必然は、原因と結果の因果関係が明白なことであり、一方、偶然は、何の因果関係もなく、予期しない出来事が起きることを言う。私たちの生活の様を見ていると、これはたまたまとか運が悪かった等、偶然として頭の中で処理してしまうことがよくある。しかし、偶然ではなく、ひとつひとつの事柄を必然としてとらえることでその人の成長が決まる!「電車が遅れて遅刻した」 これは一見たまたまかもしれない。しかし、雪の日は遅れるものと考えて少し早めに出かける事もできただろう。「今日はたまたま電話が多くてそれに振り回されて仕事ができなかった」 しかし、予め対処していればその中にも回避できたものもあったのではないだろうか?あらゆることを偶然でなく必然ととらえることにより、人の心がけ・行動が変わる。そして結果が変わる。それはまさしく必然。。。

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2010年1月2日(土)
運命と宿命
運命と宿命、どう違うのだろうか?以前から疑問に思っていた言葉である。辞書によると、「運命とは、超自然的な力に支配されて人の上に訪れる巡りあわせ」とあり、「宿命とは前世から定まっており、人間の力では避けることも変えることもできないもの」とある。であるならば、運命を多少なりとも避けることも変えることもできるものと解釈すれば両者に違いが生まれる。運によって訪れた巡り合わせは、結局はその人の考えや行いに起因するものではないだろうか?果たして常に後ろ向きな人に次から次へと幸運が巡ってくるだろうか?たとえあったとしてもうまく活かせないのではないか。人によってサイクルの違いはあるが、人生は幸運と不運の繰り返しである。よく運を呼び込むと言うが、チャンスを活かして幸運とし、逆境を不運と感じないで過ごすか。あるいは、せっかくのチャンスを逃がし、幸福感を感ずることなく、不運期へと突入し、不幸の連続で立ち直れない人生を過ごすのか。運命は、その人の心がけ、行動次第、少なくともそう思った方が人生はチャレンジングだ。
2009年12月21日(月)
心というインフラ
新政権による事業仕訳が世の中に好評だ。内容はともかくとして初めての試みは歓迎したいもの。私も当初は箱モノは要らない、それよりももっと雇用や医療や介護など人が生きるための事にもっと直接投資すべきだと思っていた。だからこそ時に文化人の反論が滑稽に見えた。彼らは日本の財務事情が分かっているのか、食べていくための収入がないのにどうして文化にお金が回るのかか、贅沢品から生活必需品にもっとお金を注ぐべきだと。しかし、ある時ふと思ったのである。食べる、着る、住む、衣食住だけで本当に人は生きているのだろうかと。過去を振り返ればつらかった時、楽しかった時が歌とともに蘇ったりする。歌という文化に勇気付けたりもした。『人は心で生きる、ならば文化という心のインフラに投資してもいいのではないかと』
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